哪吒が行く! topimage

2017-07

できること、できないこと。 - 2011.03.13 Sun

まずは東北地方太平洋沖地震にて被災された方々にはお見舞い申し上げます。

おおよそ日本の半分が感じただろうこの地震ですが
当時の私はPCに向かい、新刊の原稿を描いておりました。
自宅はリフォーム中で、家族以外に3名の工事業者さんが居りまして
まず、数日前に起こった同地区発生源の地震同様、震度1?程度の揺れを感じ
家族と業者さんに報告するとそのうち本震がやってきました。

自宅は小規模な旅館を経営していまして、RC構造なのですがその建物が
1m弱 横にゆらーりゆらりする様は人知でどうにかできる代物ではありませんでした。
そのうち、ブレーカーの撥ねる音と同時に電気が落ちました。PCの強制落ちに悪態つきつつ
居間に居るであろう祖母の下へ。祖母の座するところの側には本棚があるので
心配でしたが、詰まり過ぎた本棚は自重でバランスを取ったようで、倒れることがないと
確認したうえで、祖母を背負い玄関先まで移動しました。その間2?3分はずっと揺れ続け
背負いつつの足取りは不確かだったと記憶しています。
電気は遮断され、緊急灯の点灯、隣のホテルでも発電機の回るエンジンが回り、近所の
人等も不安そうに外に出ている、そんな光景でした。

町の防災無線の発表で自宅地域の震度は5強。直下型以外では人生最大級の揺れ。
情報を得ようと携帯電話にてツイッター&ワンセグにつなぐと、惨い情報、惨状が判ってきました。
状況確認で、近所に住む母方の祖母宅を訪問。無事を確認。両親は別途経営のアパートへ。
通電が止まると水も出ない有様なので春休み中の大学生7名をライフライン復旧まで預かる事にしました。

地震直後?1時間くらいの余震は体感できるモノでしたが、以降震度1?2程度では驚く事もなく
コレは富士山の北側で土壌が何層もの溶岩で固められた場所ですから滅多に揺れず、揺れたら
=大惨事な場所なのです。

PCも使えず、とりあえず日が落ちるまで予定している自宅内引越しの準備で本棚の本、CD,DVDを
ダンボールに詰める作業を行いました。そのうちに日も陰り、真の闇を味わうことになりました。

電気が使えない事から、普通のストーブは役立たず、親戚に石油ストーブを借り、母は携帯食の買出しに。
懐中電灯とストーブの橙色の灯りの中、防災ラジオを聴くという異常事態は一生忘れることはないでしょう。
それ以上の環境に晒されている方々を思えばこの程度、マシなものです。

暗がりの中ではすることもなく、一度、再度アパートの確認のために町に出たのですが、車内から見える
明かりのない町の風景は宛らゴーストタウン。一種異常な光景でした。
こういった状況でしたので、祖母と母の3名で居間で寝ることとしたのですが、帰宅後もろくに眠れず、
本来今日完了するはずであった同人誌の下書きを数ページ。復旧したらスキャナーで読み取ろうと描きました。

そのうち睡魔に見舞われ寝転んだりはしたんですが、地震速報で何度か起されたりしました。
明け方4時50分ごろ、突如火災報知機よりバッテリー異常の警告音が鳴り、それに起こされたのですが、
それが通電復旧の証と思いブレーカーを上げると、無事電気の復旧が確認できました。
地震発生から15時間後の事です。

現在のところ、わが町では取水制限があり、水があまり出ないのですが、幸い自宅には貯水槽があり
親族などが浴槽を借りに来ていたりといった状況です。

戦後最大級の厄災で、日に日に亡くなられた方、行方不明の方が増える一方で、加え原子力発電所の事故など
未だ先行きも見通せずにいる今です。現状、安全な立場にいる者として、ここで、こう書いて何になると
言うことではないですが、何ができるか、できないかを 考えている そんな現実(いま)です。



漫画家、イラストレーターの方が励ましのイラストをいっぱい描いています。
私も習いたいと思いますが、今はスミマセン。笑顔が描けない。
なんかとても悔しいです。

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